交易の拠点・酒田湊

河村瑞賢が幕命により西回り航路を開けて以来隆盛を極め、
白河以北随一の商都となる。
夕日に帆を揚げ集い散る。
船が運ぶは庄内米に紅、漆。
街を賑わす下りの言葉、長い海路の宿とる湊町
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庄内十四万石

庄内藩は戊辰の役で薩長軍に最期まで徹底抗戦
時利せず降伏の後、会津藩奥羽越列藩とともに四民断絶を覚悟。
期せずして敵将・西郷南洲(隆盛)の
「朝敵・官軍といえど、和平の後はもはや同胞」との温情に接す。
爾来、庄内ではこの西郷南洲に遺徳が今に承け伝えられている。
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庄内地方の概要

庄内平野を中心とした山形県の日本海沿岸地域は庄内地方と呼ばれており、旧出羽国の沿岸部南端に位置する鶴岡市と酒田市が中心都市となっています。
古代には出羽柵や国府が置かれ、畿内政権による出羽国支配の中心地となり、江戸時代には庄内藩の領域として、藩主酒井氏が鶴岡に本拠地を構え一帯を治め、
豪商本間氏が酒田に本拠地を構えました。
庄内地方は出羽山地に囲まれていることから海運が発達し“北前船”と呼ばれた船が活発に往来し、上方との交易が盛んに行われてきました。
庄内平野で作られる庄内米は今やブランド米としての地位を確立し、また美味しいお米を原料とした日本有数の日本酒生産地としても名をはせています。
三方を四季折々に表情を変える美しい山、一方を海に囲まれた庄内には、豊かな自然の恵みを実感できる日本の原風景が今も広がっています。