酒田から吹浦までの道は、当時は飛砂の害に悩まされた砂漠のような道でした。幸い主従が出発した日は雨が降り、砂が固まったせいか歩き易かったようです。しかし吹浦あたりで大雨になり、仕方なく吹浦で一泊しています。翌日出発しますが、やはり雨にたたられ途中の舟小屋で休憩したりして汐越(象潟)には昼頃到着しています。
象潟は西暦850年の大地震で地盤が沈下し、九十九島、八十八潟ができあがった風光明媚な場所で、長く東の松島、西の象潟と並び称されたところです。芭蕉が訪れてから115年後に、また大地震が起こり再び土地が隆起し現在の姿になっています。
象潟では雨が降ったり止んだりとぐずついた天気にたたられますが、その雨がかえって風情を誘い、芭蕉がこの象潟の風景を心ゆくまで堪能した様子がうかがえます。松島を「笑ふが如く」、象潟を「うらむがごとし」と形容したこの俳人の、心の想いが伝わってくるような気がします。“象潟や 雨に西施が ねぶの花”中国春秋時代の伝説的美女西施に、その寂しげな風景を重ね合わせて詠んだ芭蕉の風流が胸をうちます。西行法師への憧憬が強く、漂白の旅自体が目的でもあった芭蕉です。象潟での滞在は、その西行の跡を慕ってここまで来れたという満足感が、彼を至福の時に誘ったのではないでしょうか。 |