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鶴岡~象潟~酒田
ルートマップ


鶴岡-酒田
 旧暦6月13日、芭蕉主従は鶴岡から舟で酒田に向かいます。当時は赤川が酒田の河口近くで最上川に注いでおり、内川から赤川、最上川へという航路は、鶴岡と酒田の間の重要な交通路となっていました。
 日が暮れかかった頃酒田に着きます。主従は伊東不玉という医者の屋敷に2泊し、一度歌仙を開いています。その時詠まれた句が“涼しさや 海に入たる 最上川”です。「おくのほそ道」本編では、“暑き日を 海にいれたり 最上川”と推敲していますが、これは大石田の高野宅で詠んだ“五月雨を 集めて涼し 最上川”と同じように、招かれた宅への挨拶のようなものです。
15日には今回の旅の大きな目的であった象潟に向かいます。


歩こう
山居倉庫
酒田は、平泉から都落ちしてきた藤原秀衡の三十六人の家臣が中心となって築いた港町です。河村瑞賢による西廻航路が確立されるや、一躍その名が知られるようになりました。「西の堺、東の酒田」と並び称され、北前船の往来によって入ってきた上方や江戸の文化がこの街でも花開き、活気あふれる商人の町として繁栄してきました。華やかな料亭文化も育ち、街並みにその面影の一端が残っています。また庄内米の積出港としても長い歴史を誇り、その名残をとどめる山居倉庫などに往時の賑わいを見出すことができます。


山居倉庫
■山居倉庫
欅並木が美しい米の保管倉庫です。まだまだ現役です。

相馬樓
■相馬樓
江戸時代から続く料亭「相馬屋」を修復し、平成12年に舞娘茶屋・雛蔵画廊として開樓しました。

土門拳記念館
■土門拳記念館
世界的な写真家土門拳の全作品7万点を収蔵展示する日本最初の写真美術館。

旧鐙屋
■旧鐙屋
酒田を代表する廻船問屋「鐙屋」の繁栄ぶりを今に伝えます。

本間美術館
■本間美術館
本間家の別荘「清遠閣」をベースにした美術館。


ちょっとお勉強
 日本一の大地主として名高い本間家は、ここ酒田の商家です。「本間様には及びもせぬが、せめてなりたや殿様に」とうたわれた大地主・本間家の三代目当主本間光丘(みつおか)は、今で言う社会事業や福祉活動に精力的に取り組み、藩や人々のために貢献しました。酒田の西浜に広がるクロマツの防砂林の植林事業は、その代表的な事業のひとつであり、近年研究が進みつつある公益学の先駆者ともいえます。


本間家旧本邸
■本間家旧本邸
※当サイトの観光詳細情報をどうぞ。

酒田市URL:http://www.city.sakata.yamagata.jp/kankou/index.html
酒田観光物産協会URL:http://www.sakata-kankou.gr.jp



ドライブルート
羽黒山 車 鶴岡
国道7号線
40km 60分



酒田-象潟
 酒田から吹浦までの道は、当時は飛砂の害に悩まされた砂漠のような道でした。幸い主従が出発した日は雨が降り、砂が固まったせいか歩き易かったようです。しかし吹浦あたりで大雨になり、仕方なく吹浦で一泊しています。翌日出発しますが、やはり雨にたたられ途中の舟小屋で休憩したりして汐越(象潟)には昼頃到着しています。
 象潟は西暦850年の大地震で地盤が沈下し、九十九島、八十八潟ができあがった風光明媚な場所で、長く東の松島、西の象潟と並び称されたところです。芭蕉が訪れてから115年後に、また大地震が起こり再び土地が隆起し現在の姿になっています。
 象潟では雨が降ったり止んだりとぐずついた天気にたたられますが、その雨がかえって風情を誘い、芭蕉がこの象潟の風景を心ゆくまで堪能した様子がうかがえます。松島を「笑ふが如く」、象潟を「うらむがごとし」と形容したこの俳人の、心の想いが伝わってくるような気がします。“象潟や 雨に西施が ねぶの花”中国春秋時代の伝説的美女西施に、その寂しげな風景を重ね合わせて詠んだ芭蕉の風流が胸をうちます。西行法師への憧憬が強く、漂白の旅自体が目的でもあった芭蕉です。象潟での滞在は、その西行の跡を慕ってここまで来れたという満足感が、彼を至福の時に誘ったのではないでしょうか。

蚶満寺 蚶満寺
■蚶満寺
比叡山延暦寺の慈覚大師円仁が開山したといわれ、当初は天台宗に属していましたが、現在は曹洞宗に改宗しています。芭蕉が訪ねた頃は、干満珠寺と呼ばれていました。蚶満寺を起点として九十九島をたずねる距離7キロのハイキングコースは、往時の面影をしのぶ魅力的なみちです。
アクセス
  JR羽越線象潟駅から1.4km 車3分 徒歩15分
句碑1 句碑3
句碑: “象潟や 雨に西施が ねぶの花”


三崎山の旧街道 三崎山の旧街道
■三崎山の旧街道
難所が続く旧街道(吹浦から象潟に向かう途中の街道)。現在は峠全体が公園となっています。


■鳥海山
鳥海山は、庄内側から出羽富士、秋田側からは秋田富士などと呼ばれ、その秀麗な山容が人々を魅了してきました。日本海から2236mの高みまで一気に立ち上がる独立峰で、山頂からは東北の名だたる山々を望むことができます。また、固有の名を冠した高山植物も数多く咲く、東北を代表する名峰です。

鳥海山

鳥海山 鳥海山 鳥海山

鳥海山 鳥海山



歩こう
 にかほ市は、鳥海山の北側(秋田県側)の山麓に広がる、自然豊かな街です。山海の食材に恵まれた風光明媚な場所で、芭蕉の重要な目的であった象潟は、このにかほ市にあります。今は土地が隆起し残念ながら松島のような風景ではありませんが、水田に水が張る頃には、昔の面影をほんの少し垣間見ることができます。
にかほ市URL:http://www.city.nikaho.akita.jp/cgi-bin/odb-get.exe?WIT_template=AM025000


獅子ヶ鼻湿原 獅子ヶ鼻湿原
■獅子ヶ鼻湿原
鳥海山の麓に位置する一大湿原。清らかな湧水群に育まれた「鳥海マリモ」は一見の価値があります。ムカシブナの巨木・奇形木群「あがりこの森」は、豊かな山の息遣いが聞こえてきそうな不思議の森。ハイキングにも最適です。
アクセス
  JR羽越線象潟駅から車30分

奈曾の滝
■奈曾の滝
奈曽川上流にある国の名勝に指定された滝。高さ26メートルから落ちる水しぶきがまぶしい。
アクセス
  JR羽越線象潟駅から車15分

白瀬記念館
■白瀬記念館
南極探検で有名な白瀬矗(のぶ)陸軍中尉は、象潟の隣り金浦で生まれています。白瀬南極探検隊記念館は、彼の偉業を後世に伝える展示館です。
にかほ市金浦 TEL:0184-38-3765
入館料 300円(一般)


ドライブルート
酒田 車 象潟 車 奈曽の滝
国道7号線
40km 60分
県道58号線・131号線(秋田県)
15分
         
    象潟 車 獅子ヶ鼻湿原
   
    県道58号線(秋田県)
30分
         
    象潟 車 白瀬南極探検隊記念館
 
    国道7号線
8分



象潟-酒田
 18日の朝食の後、象潟を離れます。すっかり回復した天気にも恵まれ、酒田には夕方前に到着します。そして翌19日、不玉をまじえて歌仙を開きます。ここで詠まれた“あつみ山や 吹浦かけて 夕涼”のあつみ山は、あくみ山つまり鳥海山のことであり、涼風が吹くと吹浦をかけて、暑さを吹き払うという言葉の面白さをねらった句ですが、象潟行という大願を成就した芭蕉の爽やかな気持ちを詠んだものとも解釈できます。
 酒田には、18日に象潟から帰ってきてから25日に出立するまでの8日間、前の2日も合計すると10日間も逗留します。所期の目的をあらかた達成し得た喜びと満足感が、彼をして長逗留させた原因だったかもしれません。この旅で、不易流行という概念を俳諧の世界で見出したという確信を得、また、北方の地に厚い人情を垣間見たひとときだったのではなかったでしょうか。
 さらに23日(新暦8月8日)の納涼会の席で、真桑瓜を題材にユーモアたっぷりの句を詠んでいます。この句は、彼の晩年の“軽み”を感じさせる句であり、そうした理念の萌芽ともみることができます。
 25日にようやく酒田を後にし、大山(現在の鶴岡市大山地区)の丸屋義左ェ門宅に一泊、さらに温海の鈴木所左ェ門宅に一泊した後、鼠ヶ関を越えて越後路に向かいます。

日和山公園 芭蕉像
■日和山公園 芭蕉像
日和山公園の高台に立つ芭蕉像。鶴岡から舟で酒田に向かった芭蕉は、この日和山公園近くの桟橋に上陸しました。

日和山公園 句碑1
■日和山公園 句碑1
“暑き日を 海に入れたり 最上川”

日和山公園 句碑2
■日和山公園 句碑2
“温海山や 吹浦かけて 夕涼み”




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