ルートマップ
芭蕉は平泉を訪ねた後「尿前の関(しとまえのせき)」を越え、出羽の国に入ります。“蚤虱 馬が尿する 枕元”の句で有名な堺田の「封人の家(関守)」に泊ったのは、旧暦5月15日(陽暦7月1日)のことです。江戸を出立してから50日あまり経過していました。結局封人の家には梅雨時の大雨にたたられ、仕方なく2泊します。雨が上がりようやく出立した芭蕉主従は尾花沢に向かいますが、途中の山刀伐峠は土地の若者の案内でようやく越えたほどの、険しい山越えでした。
ここまでの行程は芭蕉にとっては松島や平泉など、一番目の目的としていた地に足を踏み入れることのできた満足感とともに、かなりの疲労をともなった旅でもあったようです。やっとのおもいで山刀伐峠を越え尾花沢の鈴木清風を訪ねたとき、芭蕉は旧知の清風に会ったことでかなり気持ちがほぐれ疲れを癒されたようで、10日間という長逗留となりました。
清風は紅花商人として成功した大人で、芭蕉とは江戸で顔見知りの俳諧仲間でした。俳諧仲間としての付き合いに加えて、非常にもてなしの心に富んだ人だったらしく芭蕉主従もゆったりと過ごしております。清風が紅花の最盛期で忙しかったこともあり、近くの養泉寺に7日ほど宿泊していますが、その間、“涼しさを 我が宿にして ねまる也”の句を残しています。
■養泉寺
山号を弘誓山(ぐぜいざん)といいます。天台宗の寺院で、慈覚大師開基の東叡山寛永寺の末寺。芭蕉来訪の一年前に大修理され、芭蕉が訪れたときは、木の香あふれる居心地のよい“宿”だったことでしょう。
句碑:“涼しさを 我が宿にして ねまる也”
【フー イズ 清風?:芭蕉は、義経伝説に深い興味を持っていたようです。悲劇的なみちのくの伝説と、彼の風雅に対する想いが合致していたからでしょうか。平泉を大きな目的地の一つにしていたことはその現われですが、実際主従が出羽の国に入るルートも、義経が北国に落ちのびて行く道を逆コースながら実体験するためだったとおもわれます。尾花沢でお世話になる鈴木清風は義経の家来・鈴木重三郎重家の子孫といわれており、このコースを通ることは、義経の忠臣である重家の子孫、清風に対する表敬の意味も込められていたのではないでしょうか。
清風は、自身でも三冊の俳諧書を撰集・刊行したほどの俳諧師でした。本名は八右衛門、清風は俳号。芭蕉との交流も深く、出羽の俳壇では中心的人物でした。尾花沢に芭蕉が訪れたときは、丸抱えともいえる接待をしています。また、彼の仲間も芭蕉を歓迎し、当時では先進の食事と言われた“奈良茶”などで接待しています。当時の尾花沢は羽州街道の重要な宿場町であり、舟運の要衝・大石田の近隣地ということもあって賑やかな商業地として発展していました。そこで俳諧が流行していたので“俳人”も多く、芭蕉主従はこうしたネットワークに支えられながら10日という時間を楽しんでいます。】
※奈良茶:当時奈良の東大寺などで食されていた茶粥のことで、粥の中に大豆や小豆などが入っている質素な食事。芭蕉の感性に合致していたらしく、弟子達にもよく勧めていたらしい。感性よりも芭蕉の胃の調子に合っていた?
俳句は、本来は連歌や連句の最初の句を意味する発句と呼ばれていました。連句はこの発句を第一句目として、順次前の人の句を受けて付句を詠み、その連なる句から文学的な独特の味わいを感じ取り、楽しもうという一種の“文学的な遊び”です。一巻は、100句連ねる百韻が普通だったのですが、この頃には36句をまとめる「歌仙」が主流だったようです。
宿場町の整備により「旅」が容易になり、地方にも様々な経済的文化的影響が及んでいきます。文字文芸の普及もその一つと言われています。俳諧は近世文芸の中でもっとも人々に親しまれていたものですが、芭蕉が確立した「蕉風俳諧」は、こうした文字文芸の普及とともにさらにその隆盛を極めていきます。
堺田には、山形新幹線JR新庄駅から車で35分ほど(距離37km)かかります。封人の家(重要文化財旧有路家住宅)は国道47号線の山形県と宮城県の県境付近にあり、現在は史跡として保存してあります。封人とは国境を守る関守のことで、土地の代々の庄屋(有路家)がその任にあたっていました。建物の中は自由に見学することができますが、茅葺屋根の風格ある建物で旧家ならではの趣があります。
山刀伐峠は、赤倉温泉から尾花沢に向かう県道28号線の途中にあり、現在では車であっという間に通り過ぎてしまうほど簡単な峠越えとなっていますが、当時は、文字通り山刀で木や枝を伐り落としながら進まなければならないような、薄暗い山道であったようです。芭蕉が恐々と進む様子が目に浮かぶようです。案内板の近くに車を停め、旧道を散策すると山刀伐峠越えの顕彰碑を見ることができます。
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国道13号線・国道47号線
35分
国道47号線・県道28号線
8分
県道28号線
3分
県道28号線
30分
■封人の家
重要文化財 旧有路家住宅:江戸初期の創建と伝えられています。
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アクセス
車
:
山形新幹線新庄駅から37km 車35分<国道47号経由>
鳴子温泉から12km 車15分
JR
:
山形新幹線新庄駅より陸羽東線経由 所要時間約40分
JR陸羽東線堺田駅から0.7km 徒歩3分
■山刀伐峠
散策路になっています。
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アクセス
車
:
赤倉温泉から3.2km 車3分<県道28号線尾花沢・最上線>
JR
:
JR陸羽東線赤倉温泉駅から6km 車6分
最上町は、自然溢れる環境が自慢の町です。清流小国川は鮎の川とも呼ばれ、そのほとりにある赤倉温泉や瀬見温泉のしっとりとした風情の源にもなっています。冒険家の大場満郎氏の故郷でもあり、彼の愛した自然いっぱいのワンダーランドです。
その他の見どころ:
(1)瀬見温泉・瀬見渓谷(弁慶伝説で有名な温泉です)
(2)大場満郎冒険学校(登山体験や犬ぞり教室など多彩なプログラムがあります。TEL:0233-43-4563)
関連URL 最上町:
http://wt-mogami.com/mkk/index.html
尾花沢は、JR大石田駅から車で5分程の町です。花笠音頭の中で“雪も長むる”と歌われるほどの豪雪地で、飛騨の高山、越後の高田とともに日本三雪の地として有名です。ここで採れるスイカは、昼夜の寒暖の差を利して糖度の高さが自慢の逸品です(夏スイカ生産量日本一を誇ります)。
芭蕉はここ尾花沢に10泊していますが、ここで詠った句の碑が市内養泉寺の境内にあります。また芭蕉・清風歴史資料館は、奥の細道を語る上で重要な資料が揃っている必見の史跡で、この資料館の建物は、旧丸屋・鈴木弥兵衛家の店舗と母屋を清風宅の隣に移転復元したものです。
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6分
国道347号線・県道29号&188号
20分
■尾花沢市 芭蕉・清風歴史資料館
鈴木清風邸跡の隣にあり、「おくのほそ道」関連資料を展示。清風は紅花豪商としても俳人としても有名で、尾花沢に長逗留した芭蕉を手厚くもてなしています。2人の親交をしのぶ資料館は、江戸末期の町家を移転復元したもので、建物自体も貴重な遺構です。尾花沢での句会や交流の資料が揃っています。
《尾花沢市観光パンフレットより抜粋》
TEL:0237-22-0104
入館料:大人200円
開館時間:9:00~16:30
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アクセス
車
:
山形新幹線JR大石田駅から5km 車6分
■おばなざわ花笠まつり
毎年8月27・28日に行われます。初日は御輿や囃子屋台などの伝統行列、二日目は「花笠踊り大パレード」が開催されます。2,500名もの踊り手が、発祥地ならではの豪快華麗な伝統踊りを披露し、街中が花笠一色に染まります。
《尾花沢市観光パンフレットより抜粋》
※
本場の花笠音頭:大正8年、尾花沢市の灌漑用水確保のため徳良湖築堤工事が行われ、その際に唄われた土搗き唄が「花笠音頭」の発祥とされています。現在、上町流、安久戸流、名木沢流、寺内流、原田流の5つの流派がそれぞれ独自のスタイルで踊りを伝承しています。
関連URL 尾花沢市:
http://www.city.obanazawa.yamagata.jp/5.html
■尾花沢スイカ
夏スイカ生産量日本一の逸品
山形新幹線が開通し、尾花沢・新庄周辺の史跡や温泉巡りが簡単にできるようになりました。最上地方には昔から個性的な温泉地が数多くあります。特に銀山温泉は、おしんで一躍名が売れましたが、その独特の佇まいが近年人気を呼んでいます。この銀山温泉をはじめ赤倉温泉、瀬見温泉は、山あいの静かな環境のなかの泉質にも恵まれた出羽の名湯です。こうした温泉をゆったりと巡る旅は、みちのく出羽路の最大の楽しみの一つです。
■赤倉温泉
貞観5年863年に慈覚大師によって発見されたといわれています。
芭蕉もこの温泉のあたりを通っています。
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アクセス
車
:
封人の家から8km 車8分
JR陸羽東線赤倉温泉駅から2.7km 車3分<国道47号→県道28号線尾花沢・最上線>
JR
:
山形新幹線新庄駅より陸羽東線経由赤倉温泉下車(所要時間約40分)
■瀬見温泉
弁慶伝説で有名な温泉です。
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アクセス
車
:
山形新幹線新庄駅から15km 車17分<国道47号経由>
封人の家から23km 車20分
JR
:
山形新幹線新庄駅よりJR陸羽東線経由瀬見温泉下車(所要時間約20分)
JR陸羽東線瀬見温泉駅から0.8km 徒歩10分
■銀山温泉
NHK朝の連続ドラマ「おしん」で一躍有名になりました。
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アクセス
車
:
山形新幹線JR大石田駅から18km 車で25分
芭蕉の本名は、松尾忠右衛門宗房といい、俳号は正しくは桃青(とうせい)といいます。“芭蕉”名は彼の庵号に由来するもので、普段はこちらの方を使っていますが、改まった時には“芭蕉桃青”と署名しています。芭蕉名に親しんでいる現代人からすると、“松尾桃青”では何かインパクトにかけるような…???
尾花沢の清風らに、当初の予定になかった山寺行きを勧められた芭蕉主従は、旅程を変更して一路山寺に向かいます。旧暦5月下旬は今の7月中旬頃で、紅花の花が満開の頃です。芭蕉主従が歩いた道の周りには紅花の花が美しく咲き乱れていたことでしょう。紅花の花の香りに包まれながら芭蕉は一句詠んでいますが、天童市郊外の石倉にはその時詠んだ“眉掃きを 俤にして 紅粉の花 (まゆはきを おもかげにして べにのはな)”の句碑があります。また、芭蕉も途中立ち寄ったとされる、天童温泉近くの舞鶴山麓にある念仏寺跡には、芭蕉翁を顕彰した翁塚(おきなづか)が建立されています。
尾花沢を午前6時半頃出発した主従は、山寺に午後3時に到着します。主従は山寺山麓に宿をとり、立石寺の山内の堂を巡拝しその荘厳美に感嘆します。ここで詠まれた句はあまりに有名ですが、当時もその名文は評判だったらしく、山寺・立石寺の名はその後広く知れ渡っていきます。句碑「閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声」が本堂西側にあります。
【ホワイ 蝉?:一説に、芭蕉が山寺を訪れた元禄2年は芭蕉が若いころ仕えた藤堂良忠の二十三回忌追善供養祭の年にあたり、この句は良忠への追悼句ともいわれています(良忠は俳号・蝉吟といい、芭蕉が俳諧を志すきっかけをつくった一人)。蝉の声が死者(蝉吟)の声に聞こえたとの説には説得力があります。この句の初案は、“山寺や石にしみつく蝉の聲”、再案が“さびしさや岩にしみ込蝉のこゑ”、推敲を重ねた最終形が“閑かさや岩にしみ入蝉の聲”となりました。“佳景寂寞として心澄みゆくのみおぼゆ”としるした文章からも、芭蕉が宗教的な体験をした様子がうかがえます。(この項の参考文献 梅津保一著:おくのほそ道・出羽路の旅)】
■紅花
紅花の可憐な花
■翁塚
芭蕉ゆかりの念仏寺跡に立つ芭蕉の碑
舞鶴公園内にある芭蕉句碑
“行く末は 誰が肌ふれむ 紅の花”
“はら中や 物にもつかず 啼く雲雀”
“雲の峰 幾つ崩れて 月の山”
■石倉句塚
旧道の名残がある句碑“まゆはきを 俤にして 紅粉の花”
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国道13号線
22km 30分
県道111号線
9km 7分
県道111号線(山寺街道)
4km 4分
尾花沢から山寺までは、国道13号線・山寺街道経由で約50分ほどの距離です。現在は、人的物的流通の大動脈となっていますが、当時は紅花畑の広がるのどかな街道だったようです。尾花沢から国道13号線を南進すると、サクランボで有名な東根温泉が見えてきます。さらに進むと将棋の駒で有名な天童温泉があり、天童で山寺方面に左折するとフルーツの里といわれる果樹園が広がります。シーズンともなると観光果樹園の案内が立ち並び、賑やかな通りとなります。
山寺街道は通称「おくのほそ道フルーツライン」とも呼ばれ、山寺は、そのフルーツの里の奥まったところに位置しています。山寺(立石寺)はJR仙山線山寺駅から歩いて6分ほどの距離です。交通の利便性が高い割に山寺全体は静謐な環境にあります。山あいの峡谷的な風景に古い寺院建造物が見事なバランスで配置され、日本的な美の究極ともいえる風景美を創造しています。
■山寺 立石寺
貞観2年(860年)、慈覚大師円仁によって開山された宝珠山立石寺。別名山寺と愛称されています。山門から奥の院に至る千十五段の石段の傍には様々な塚や修行の祠や洞があり、全山修行の場であったことをひしひしと感じさせてくれます。
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アクセス
車
:
山形新幹線天童駅から9km 車17分
(タクシー 2,800円程度)
尾花沢から38km 車50分<天童・山寺街道経由>
JR
:
JR仙山線山寺駅から0.5km 徒歩6分
入口
本堂
参道
仁王門
句碑:“閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声”
芭蕉と曾良 句碑:“閑かさや 岩にしみ入る 蝉の声”
せみ塚
■山寺の力こんにゃく
山寺の力こんにゃく(玉こんにゃく)の美味しさは格別。ぜひ味見を!
(因みに山形はこんにゃく消費量日本一です)
天童から東根周辺は、サクランボやブドウ、リンゴなどの果樹園が広がります。天童温泉、さくらんぼ東根温泉と県内屈指の温泉もあり、ドライブや散策のあとにつかるお風呂は、格別のものがあります。両市とも国道13号線沿いにあり、ドライブ等には絶好のロケーションです。
■天童温泉
明治19年に灌漑用水確保の目的で井戸を掘ったところ、微温水が湧出しました。当初は鎌田温泉と呼ばれておりましたが、明治44年高温の源泉が沸きだし天童温泉と改称されました。現在、14軒の温泉旅館が軒を連ねています。設備のよさは県内屈指の名湯です。
■人間将棋
毎年4月下旬に舞鶴山山頂で開催される一大イベント。小姓と腰元に扮した人々が将棋の駒になって対局します。桜が一層華やかさを添えます。
■将棋の駒
天童駒は全国一の生産量と知名度を誇ります。もともとは江戸末期のころ、困窮を極めた天童藩の財政建て直しの一環として生産が奨励されたものです。
☆将棋駒作成体験教室もあります(問い合わせ:天童市観光物産課 TEL023-654-1111)
天童市役所
URL:
http://www.city.tendo.yamagata.jp/k-spot/spot-index.html
天童市観光情報センター URL:
http://www.bussan-tendo.gr.jp/
左馬の由来:様々な説がありますが、代表的なものを
(1)
ウマの逆、マウは舞うで、舞は祝いの席で催されるため「縁を招く駒」
(2)
文字の下部が財布のきんちゃくの形をしているので「お金を守る駒」
(3)
人馬が逆になり、馬が人を引いてくる「先客万来の駒」 などなど…。
いづれにしても「左馬」を持ってると何かいいことがありそうな…。
日本初のレコード歌手は天童出身です:日本初のレコード歌手佐藤千夜子の生家が、舞鶴公園入口の民俗資料館にあります。NHK朝の連続ドラマ「いちばん星」の主人公で、流行歌手第1号。「東京行進曲」等のヒットをとばしました。
■天童オルゴール館
華麗なる名機達の演奏会-100年以上前のオルゴールを実際に動かしその音色を聞くことができます。様々な年代の名機達が一堂に会する場内は圧巻です。
住所:天童市貫津鍬ノ町2567
TEL023-651-0656
(国道13号貫津交差点近く、舞鶴公園入り口手前)
■さくらんぼ東根温泉
28もの旅館や温泉施設がある温泉です。泉質はナトリウム塩化物泉、とにかくじんわりとあったまります。どうか“ござってけらっしゃい”
■東沢公園
東沢公園:日本一の規模を誇るバラ園と3つの湖で構成される美しい公園です。東京ドーム3個分の広さに約750種2万株余りのバラが咲き誇り、環境省「かおり風景100選」に、唯一バラ園で認定されています。
東根市役所:
http://www.city.higashine.yamagata.jp/kankou/index.html
■さくらんぼ収穫量日本一
東根市はさくらんぼの収穫量日本一。銘品「佐藤錦」の生まれ故郷です。その他、もも、ぶどう、ラ・フランス、りんごと一年を通して新鮮な果実に出会える街です。
山寺のあと主従は羽州街道を北上し、大石田に向かいます。大石田では俳人高野一栄に迎えられ、ここで3泊します。最上川舟下りの原型ともされる舟遊びを楽しみ、俳諧の席も設けています。そのとき詠んだ“さみだれを あつめてすずし もがみ川”の句碑が、西光寺にあります。
※通常知られている「五月雨を 集めて早し 最上川」と下線の部分が異なりますが、これは宿泊先の高野宅に対する敬意と感謝を示す挨拶のようなもので、後に推敲の過程で“涼し”から“早し”に変わります。
【ホワッツ 歌仙“さみだれを”?:大石田での歌仙は、芭蕉が道中真筆の懐紙を記念として残した唯一の歌仙でした。それほど風流を強く感じた席だったようです。「おくのほそ道」の中でも、風雅がここに極まったと絶賛しています。実は、須賀川で相楽等躬と別れてから尾花沢に来るまでは一度も歌仙が開かれず、仙台で地元俳人とのわずかな接触を除いて目立った交流もなく、ひたすら古人の歌枕探訪の旅でした。この旅によって「風雅の俳諧」を広く知らしめようとした芭蕉にとっては、須賀川からの道中は片手落ちのような気持ちであったことは否めないでしょう。事実尾花沢から頻繁に始まるみちのく各地での歌仙に、勢い力が入っていたことは想像に難くありません。蕉風俳諧確立の兆しが見え始める時期、と言っても過言ではありません。】
■西光寺 句碑
句碑: “さみだれを あつめてすずし もがみ川”
■最上川修景塀蔵
昔日の最上川舟運がしのばれます。
かつて最上川舟運で栄えました。現在の町並みからも往時の賑わいがうかがえます。また、アララギ派の歌人斎藤茂吉が2年ほど滞在し、こよなく愛したところとしても知られています。
大石田町そばの里は環境省「かおり風景100選」に認定されています。そば栽培に適した気候、伝統のそば打ち職人に支えられた大石田のそばは、多くの人をとりこにする逸品です。特に次年子地区のそばは、週末ともなると県外からも大勢の客が訪れるそば好きにはたまらない味わいです。“白き山の里でそば三昧。白き花を愛で、極上のそばを召し上がれ”
■大石田そば三昧
そばは、白い可憐な花をつけます。
ちょっと一服
■板蕎麦
板の上に並べられた蕎麦。しっかりとした腰のある食感と、素朴ながら蕎麦本来の風味が生きる板蕎麦。きっととりこになります。
問い合せ:大石田町産業振興課 TEL0237-35-2111
URL:
http://www.town.oishida.yamagata.jp
昭和4年、歌人斎藤茂吉は大石田町の佐藤家が所蔵する芭蕉真蹟の「さみだれを」歌仙を実見するため、初めて同町を訪れました。敬愛する正岡子規と同じ様に、茂吉もまた芭蕉を想い訪問したのです。さらに終戦後2年ほどここに滞在します。茂吉が住まいした二藤部家の離れ(聴禽書屋ちょうきんしょおく)が、最上川や芭蕉が泊った高野一栄宅跡に近く、茂吉にとっては芭蕉を想うことのできる絶好のロケーションだったようです。茂吉はここで最上川の美しい四季を実感しながら、824首もの作品を収めた歌集「白き山」を上梓します。
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国道13号線
22km 30分
国道47号線
18km 25分
国道47号線
14km 20分
旧暦6月1日(新暦7月17日)、高野一栄や高桑川水らに送られ、芭蕉は大石田をあとにします。尾花沢で知り合った新庄の豪商渋谷甚兵衛(風流)宅を目指し一路新庄城下に向かいます。新庄藩は2代目藩主戸沢正誠の代で、経済的にも文化的にも活況を呈していました。芭蕉主従が到着した渋谷宅では、その夜歓迎の宴が張られます。新庄では歌仙も巻かれ、都合2泊しています。“水のおく 氷室尋ねる 柳哉”の句碑が、柳の清水にあります。本合海から舟に乗った主従は、古口から舟を乗り継いでさらに最上川を下っていきます。
■句碑
句碑: “水のおく 氷室尋ねる 柳哉”
新庄:山形県最上地方の中心都市で、かつて新庄6万石の城下町で栄えました。夏の終わり頃、市内で開催される新庄祭りは、その山車(やたい)の豪華さと活気ある行列が呼びものの、賑やかな祭りとして有名です。
問い合せ:新庄市商工観光課観光交流室 TEL0233-22-2111
URL:
http://www.city.shinjo.yamagata.jp
■本合海乗船場
ここから古口まで舟で移動します。
■新庄祭り
新庄市は、新庄藩6万8千石の城下町です。宝暦5年(1755年)、冷害による大凶作に見舞われ、餓死者が出るほどの大惨事となりました。時の領主戸沢正諶(まさのぶ)公は、領民が活力を取り戻すよう五穀豊穣祈願の「新祭」を行なうよう命令、翌年始まった祭りが新庄祭りの起源といわれています。
各町内単位で「若連」という組織をつくり、毎年趣向を凝らした山車(やたい)をつくって市内を練り歩きます。新庄祭りの山車パレードは、8月24日の宵祭り、25日の本祭り、26日の後祭りと3日間続きます。山車には、囃方という伴奏する若連が付きます。構成は、太鼓が4人、横笛が7~8人、すり鉦が7~8人、三味線が2~3人の二十数人編成です。囃子の演奏はそれぞれの町内会の秘伝とされ、口伝によって伝えられています。また、山車の引き手は主に、その町内の子供たちがあたり「チェレンコヤッサー、ソレ」という大きな掛け声とともに山車を引いていきます。
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アクセス
JR
:
山形新幹線新庄駅下車
新庄祭り
新庄祭り
新庄祭り
■隠明寺凧(おんみょうじだこ)
旧新庄藩士・隠明寺家に伝わる伝統凧。絵柄は江戸錦絵の系統に属し、一つ一つ丁寧に手作業で作られた絵凧は迫力満点である。
問合せ:もがみ物産館 TEL0233-28-8886
■くじらもち
江戸時代、朝鮮の特使の接待にも出された歴史と由緒のある銘菓。白砂糖、黒砂糖、みそ、しょう油、よもぎ、あん入りなど種類も豊富。もちと命名されているが、餅ではない。懐かしい味(必ず味見すべし!)
■とりもつラーメン
とりのもつ煮が入ったラーメン。意外にあっさりとした味は、ラーメン通推薦の、新庄では定番のお薦め品。
最上地方は、山形新幹線の開通により身近な観光地として脚光をあびています。ゆったりと流れる舟下りやひなびた温泉を廻る旅は、忘れかけていた旧き良き日本の面影に出会える旅であり、心の洗濯にはぴったりの旅でもあります。大石田の蕎麦に代表されるように蕎麦の名店も多く、そば通にはたまりません。あなたも命の洗濯してみませんか。
■肘折温泉
開温1200年を迎える伝説的な名湯。環境省国民保健温泉地にも指定されており、専門の医師も派遣されている。山菜料理は絶品。
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アクセス
車
:
山形新幹線新庄駅から50分
大蔵村 URL:
http://www.vill.ohkura.yamagata.jp/
肘折温泉 URL:
http://hijiori.com/
■最上川舟下り
藩政時代、古口には戸沢藩の舟番所があり、往来する舟の監視をしていました。今は、ここから最上川舟下りの舟が出ています。最上峡の両岸は屹立した山が川岸近くまで迫り、迫力ある風景を目にすることができます。四季それぞれに違った表情もまた魅力ですが、仙人堂や白糸の滝など伝説も語り継がれ、歴史も感じることのできる舟下りコースとなっています。
最上峡芭蕉ライン観光株式会社URL:
http://www.blf.co.jp/
最上川舟下り
“四季それぞれに趣きあり”
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